2009年 04月 23日 ( 1 )
Mail ↑TOP
舞妓&芸妓@思い出話 ~第52話~
私が所属していた置屋では‥四畳の支度部屋に、鏡台が4つ並び~安らげる場所は狭かった。

d0005476_164639.jpg

これが、私専用の鏡台です。
鏡にかけるカバーは、タオルを重ね合わせて縫い付けたもので‥私のお母さんが作ってくれたのォ♪

私が所属していた置屋は、お茶屋としても看板を出していたため、お部屋数はすごく沢山あったのに
住み込みの舞妓や芸妓には 一人部屋なんていうのは贅沢だ~と、一切与えてもらえず。。。(・・、)
私が舞妓だった頃は、舞妓3人&芸妓1人の‥4人で四畳の狭いお部屋を使っていました。
同じ大きさの鏡台を4つ並べて、そこでそれぞれがお花 (お座敷) に行く時間になったら、白塗りのお化粧をする。
小さなタンスや衣装ケースなども置いてあったので、四畳のお部屋といっても、鏡台の前に座布団を敷いたら
4人が鏡台の前に座るだけで いっぱい いっぱい!他にスペースなんてないぐらい狭くて‥(>▽<;;
なので、お布団もひけないため、眠るときだけは 広いお座敷のお部屋も使うことを許可してくれていました。

そんな状態だったので、この鏡台には すっごく思い入れがありますぅ。
住み込みで入ったからには、置屋の女将さんや お姉さんたちと 5~6年ほど共同生活するわけやけど、
自分の時間なんて ほとんどなく‥置屋にいる間は四六時中、誰かに気を使って、いつどんなときも全てのことに
おいてが修行の日々で‥気疲れだけじゃなく、極度のストレスに苦しみ、終いには生理が止まってしまったんよね。
女の子なら毎月来るものが、私の場合は、1年に1~2回しか来ない。
10代の後半~20代といえば成長時期だし、大人の体に変わっていくためにも一番大事なときやと思うんだけど
その時期に 無月経&無排卵状態で‥でも、舞妓は当時、祇園には20人程しかいないし、代わりもいないので
仕事を休むことが絶対にできないから。。。なので、病院にも行かせてもらえなかったの 。・゜゜・(>_<;)・゜゜・。
その頃の私は、少しでも ストレスの要因になるものを取り除こう~と、女将さんや大きい(年の離れた)お姉さん
たちから離れることばかり考えてた。一緒に 同じ空気を吸っていると思うだけで 凹イヤな気分になってきて。
支度部屋にこもっていると怒られるから、学生が病気のフリして保健室に逃げ込み、授業をサボる行為みたいに‥
ちょっと体調が悪いとか 何か理由をつけては、女将さんや大きいお姉さんから離れ、この鏡台の前に座ってた。
ただ座って、ボーっとしているだけなんだけど、なんか この鏡台の前に座ると落ち着く気がして‥ ε-(´・`)
多分、お母さんが作ってくれた この赤いタオルの鏡台カバーがあったからだと思う。
うちの置屋は厳しくて、一年に一度だけ (12/29日~1/3日) しか、実家に帰らせてもらえなかったから。
この赤いタオルの鏡台カバーには、お母さんの愛情が沢山詰まっている気がして、時には涙したりしながらも
寂しさや辛さを精一杯に吹き飛ばし、この鏡台の前で安らぎや癒しも同時に得ていたんだと思う。

結局、この鏡台とは5年ぐらい 一緒に時を過ごしました。
そして、私は芸妓になり その数ヵ月後、置屋を出ていくと同時に、この鏡台とはサヨナラのお別れ。
その置屋を出た月から、今までの病気が嘘だったみたいに、毎月、ちゃんと生理が来るようになり (苦笑)
でも、いまだに 周期が一定じゃなく不順なのは‥あの若い頃に、ちゃんと治療をしていなかったからやろぅな♯
今日は いつもになく ホロにがい 思い出話やったねぇ~ゴメンよォ~(T▽T)アハハ!

※以前の記事にも この鏡台の写真が出てました(爆) ⇒ 舞妓&芸妓@思い出話 ~第44話~


d0005476_17535825.jpg

[PR]
by fuzika | 2009-04-23 17:53 | ◇ 京都祇園@花街生活  Mail ↑TOP
↑TOP↑